大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和63年(あ)995号 決定

本店所在地

東京都中央区東日本橋三丁目五番七号

日本ハウスウェア株式会社

右代表者代表取締役

福本修也

本店所在地

東京都豊島区巣鴨一丁目二一番八号

株式会社ジャクソン

右代表者代表取締役

福本修也

本籍

東京都豊島区巣鴨一丁目一〇四番地

住居

同文京区千石三丁目一九番二三号

会社役員

福本修也

昭和一八年四月一三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六三年七月一三日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人早川晴雄、同神宮壽雄の上告趣意のうち、違憲をいう点は、原審でなんら主張、判断を経ていない事項に関する違憲の主張であり、その余は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

昭和六三年(あ)第九九五号最高裁判所第二小法廷係属

○上告趣意書

法人税法違反 被告人 日本ハウスウェア株式会社

同 同 株式会社ジャクソン

同 同 福本修也

右の者らに対する頭書被告事件について、弁護人の上告趣意は左記のとおりである。

昭和六三年一〇月一二日

弁護人 早川晴雄

同 神宮壽雄

最高裁判所第二小法廷 御中

第一 原判決は、憲法一四条に違反する。

1 被告人による被告会社二社の本件脱税は、原判決も認めているとおり、被告会社二社の顧問税理士であり、被告会社ジャクソンの監査役であった小島勝司の関与のもとになされた事案である。

ところで原判決は、小島税理士関与と被告人の刑事責任との関係について、「被告人の脱税意図を知りながら、これを是正するよう進言することなく、これに迎合して、被告人の指示、要求に応じ、また、その意向にそうよう書類を作成したり、助言、指導をして、本件脱税に関与していたことが認められ、税理士及び監査役としての職務を適正に行使しなかった右小島の態度には厳しく非難さるべきものがある」とし、本件の共犯とも思料される認定をしながら、他方で、種々の理由を述べて、「全体を通じてみるとき、同税理士は、本件の一連の脱税工作の一部につき従たる立場で関与したにすぎないものと認められる」とし、また、「税務の専門家である同税理士の指導や助言の中には、被告人らの納税意識を一層希薄にし、本件犯行を助長した面があり、これらの点は被告人の量刑にあたって、当然斟酌されるべきではある」と、これまた小島税理士が、本件の共犯者と思料される認定をしながら、他方で、「同税理士の発言が、被告人の脱税企図を強めたにしても、それほど大きく作用したとは認められない」などと判示した上、「被告人の刑事責任にはなお重いものがあるといわざるをえない」とし、かつ、種々の被告人の有利な事情を総合考慮しても、被告人を懲役一年六月に処し、被告会社二社に対し、それぞれ罰金刑に処した第一審判決は量刑が重きに失して不当であるとは認められないとして、被告人らの控訴を棄却している。

2 しかし、原判決は本件脱税に関して、第一審判決以上に税務のプロである小島税理士の関与の程度の深いことを認定し、同税理士が厳しく非難さるべきことを判示しながら、被告人の本件刑事責任を重いとして、被告人を実刑に処したのは、小島税理士が税務のプロであるだけに、被告人ならずとも到底納得できない。そして、被告人を実刑にしながら、他方で小島税理士が自己の責任を回避し、被告人の指示により本件脱税に関与せざるを得なかったとする捜査段階の供述に重点を置き、しかも同人を単に参考人として取調べを行い、同人の刑責につき、これを不問に付した検察官の措置及びこれを是認した原判決は法の下の平等を定めた憲法第一四条に違反するものというべきである。

第二 法人税法第一六四条第一項、第一五九条第一項は憲法第一四条に違反する。

次に、脱税の行為者及びその法人を処罰することを規定する法人税法一六四条第一項、第一五九条第一項は、法人に本税のみならず制裁的な重い重加算税、延滞税等の行政罰を加えた上に、これらを納付したものに対しても更に重い刑罰を法人及び行為者に科する点において、他の刑罰法令と著しく権衡を失し、行為者及び当該法人に著しい不利益を強いるものであり、憲法第一四条に違反するものと思料する。特に、わが国の法人税は世界的に見ても高税率であり、しかも、脱税者に対しては非常に重い重加算税、延滞税等を課しているばかりではなく、更に行為者には懲役刑を、また、法人には重い罰金刑が科せられるのであるが、これに加えて、近時、法人税ほ脱犯に対する刑罰の強化がなされたため、脱税者として処罰される者に一層の不利益を強いることになっており、このことは著しく不公平というべく、右法人税法の各規定は憲法第一四条に違反するものと思料する。

第三 原判決を破棄しなければ著しく正義に反する

1 原判決は、被告会社二社のほ脱税額が合計で三億二六〇〇万円余りもの巨額であること、ほ脱率が通算で九九パーセントを超える高率であること、犯行の動機に酌むべきものはなく、ほ脱意思が強くかつ、恒常的であったこと、本件の罪質・脱税の手段態様及びほ脱結果の大きさ等を総合すると、本件は悪質な脱税事犯であって、被告人の刑事責任は重いものがあるといわざるを得ない、旨判示した上、「被告人が国税局の調査段階から、捜査・公判を通じて一貫して事実を自白して改悛していること、修正申告を行い、国税本税を全額納付し、附帯税及び地方税についても相当部分を納付し、原判決後においても納付を続けていること、本件脱税に関与した税理士は解任し、あらたに顧問税理士を置き、経理担当者を採用して経理処理を正し行っていること、本件に関する新聞報道により、それ相応の社会的制裁を受けていること、被告人には前科・前歴はなく、その年齢・経歴・家庭の状況並びに両被告会社における地位・役割・その経営状況等原判決が判示している被告人のために有利な情状及び所論が指摘するその余の点を総合考慮してみても、被告人福本修也に対し刑の執行を猶予するのを相当とするまでの情状は認められず」「原判決の量刑が重すぎて不当であるとは認められない」と判示して、被告人らの控訴を棄却した。

2 しかし、本件被告会社二社の脱税額の合計額が三億二六〇〇万円余になっているとはいえ、脱税額が三億円を超える脱税事案で行為者につき、懲役刑に執行猶予が付されているケースもしばしば見られるところであり、最近でも、脱税額五億五三六八万一〇〇円であって、本件より極めて多額の所得税法違反事件について、行為者であり納税義務者である当該被告人の懲役刑につき執行猶予に付した判決がなされているところである(判例時報一二八二号一六九頁以下参照)。

右事案では、被告人がいわゆる長者番付で公表されることをさけるなどのため虚偽過少の申告をして、脱税したというもののようで、この点及び事前の不正行為をなしていないことが執行猶予にあたり重視されたようである。しかし、動機等はそれとしても、それだけ多額の脱税をしたことは明らかであり、本件と比較しても余りにも脱税額が多額である。脱税事犯において、実刑にするか否かの判断にあたって第一の重要な点は、脱税の規模すなわち脱税額の多寡によるものと思料されることからすると、この点だけについて右事件と本件とを比較してみても本件被告人につき懲役刑に執行猶予を付しても不自然ではないものと思料する。その他、被告人が反省し、修正申告の上、本税等を納付している点でも右事件と共通である。そして、原審が認定した本件被告人に有利な諸事情を考慮すれば、本件被告人の懲役刑に執行猶予を付することが可能であって刑政の上でも望まれることではなかろうか。本件と右執行猶予事案と比較するとき著しく不公平ではなかろうか。

3 また近時、アメリカ、イギリス等欧米諸国において、所得税法、法人税法の税率を改正して低税率、低負担化とする方向にあり、わが国も同方向にある。税率が余りに高いと、脱税者を多く生じさせ、しかもこれらの一部しか捕捉されず、捕捉された一部の者のみにつき刑罰を厳にしてもその感銘力は弱いし、刑政の上から多くの効果は期待しにくいといわれており、逆に低税率、低負担である場合、脱税者は少なくなり、他方捕捉率は高くなり、しかも、低税率、低負担にも拘らず脱税にするものに対しては強い非難が可能であり、これらの者に厳しい刑罰を科した場合は、これが当人及び一般人に及ぼす影響力は大であり実効があがるといわれている。税率低下方向にある今日、脱税犯の処罰にあたってこのような点も看過できない問題である。

4 更にわが国では、大法人が、被告人らの規模とは比較にならない巨額の税のがれをして多額の本税、重加算税等が課せられながら、法人の規模などの関係から告発されず、刑罰も科せられないままになっていることが、新聞報道でしばしば見受けられる。これらの事案との比較において、被告人の実刑を是認することは被告人のみならず、一般人としても納得しかねる問題ではなかろうか。他方、脱税者は見方によれば、経済活動においてはそれなりに成功している者といえるであろう。これらの者の処罰にあたっては、余程のことがない限り、初犯者であり、反省して本税等を納付している者については、実刑を科するより、社会において経済活動をさせることによって社会的にも貢献させ、その活動により得た利益から正しく納税させることにより、納税態度を改善させて行くことが重要なことではなかろうか。社会にとって有為な人材を、たった一回の脱税によりしかも、反省し、本税、附帯税等を全納しているのに、敢えて実刑に処し、社会活動を停止させ社会から隔離することは本人のみならず、その家庭はもとより、社会的にみて、大なる損失というべきである。

これらの点を考えると、特に、被告人の懲役刑につき実刑を是認した原判決は著しく正義に反し、到底容認することはできない。そこで税法に対する刑罰のあり方と実状につき再考の上、原判決を破棄さるべきものと思科す。

よって、本件上告に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例